ヨハネによる福音書11:1~16 ダニエル書12:1~4
ラザロの死を知らされたイエス様は、この病気は死で終わるものではない、とおしゃっています。人間が病気にかかり、死を迎える、これは自然なこと、誰もが歩む道です。しかし、イエス様は死で終わらない、とおっしゃいました。私たちにとって、人の死がどんなに人生に大きな影響を与えているかが分かります。きっかけにもなり、つまずきにもなります。そして改めて、人間は自分自身の死を決して超えることが出来ない存在であることが示されています。そこで私たちは死を超える存在として神様を知ります。イエス様は、この病気は死で終わるものではない、とおっしゃいました。それは、人間は死で終わるものではない、とおっしゃっていることでもあろうと思います。またイエス様は、昼の間に歩くならば、つまずくことない。夜歩けばつまずく、人の内に光がないからだ、とおっしゃっています。人間は、光のある昼間に活動します。暗闇では私たちは活動できませんし、生きて行けません。つまりこうです。私たち人間の中には光がないということです。創世記は、私たち人間を、世界を照らすために二つの光が生み出されたと記録されています。太陽と月です。神様は私たちを照らす光を用意しくださいます。世界を照らし、この世界が闇に閉ざされてしまわないように照らし続けてくださいます。双子、ディディモと呼ばれるトマスが、不思議なことを言っています。私たちもイエス様と一緒に行って、死のうではないか、と。イエス様と共に死ぬ、これこそがイエス様を信じ、愛するものの進む道です。イエス様と共に死ぬのは特別なことではなく、私たちが当たり前に死ぬことと同じです。特別なのは、神の子キリストが、私たちと共に死んでくださるということなのです。そして、イエス様は、この私たちをも、死で終わるものとはなさいません。死を超えて生きる者、神様とイエス様と共に生きる者としてくださいます。