出エ20:8-11、ルカ福音書6:1-11
1)あなたの全ての仕事をしなさい
安息日に心を留める、覚える、ということが、神様を信じ、従う者たちに与えられていることです。6日間は、何であれあなたの仕事をすること、とあります。何でもいいからあなたの仕事をしなさいということでしょうか?聖書協会共同訳では、「あなたの全ての仕事をしなさい」、とされています。どんな仕事でもいいから仕事をしなさいと言っているのではないようです。あなたの全ての仕事をする、のです。完璧に仕事をしなさいと言う意味でしょうか?実に深い意味がこの御言葉にあります。わたしたちは神様から仕事を与えられました。神様から仕事を受けついでいます。それが私たちの仕事です。たとえ私たちの仕事がどんなに小さなものであっても、それは神様に与えられた仕事です。それだけ私たちに与えられている仕事とは、なくてはならない大切な役割だという事です。人間は神様を賛美するために創造された、という御言葉があります。安息日は、完成を祝い、喜ぶということです。神様は、自画自賛したいのではなく、神様の仕事が、全ての人間たちのためにあり、全ての人間たちの喜びのためにあります。楽しんで欲しいのです。喜んで欲しいのです。人間たちの喜びが神様の喜びです。私たちの仕事も、ただ給料のためだけの仕事でもありません。神様が与えてくださった仕事が、一人でも必要とされているから、喜んでくださるからです。この安息日は、誰もが大切に覚えるべき日でもあります。しかし、この安息日に禁じられていることが一つだけあります。仕事をすることです。安息日と他の6日間、仕事をするしないの区別をすることがいかに大事かを神様は私たちに教えておられるのです。そして安息日にすべきことは、神様を礼拝することです。安息日を聖別しなさい、と神様は教えています。古くから人々は安息日に神様を礼拝して来ました。神様の御言葉が伝えられて来ました。賛美がなされ、神様への感謝がなされました。何故私たちは安息日に神様を礼拝し、神様の御言葉を聞くのでしょうか。それは、私たちは神様から生まれました。神様から命をいただいていますから、神様を覚えるのは、神様と共にあるのは当然のことではありませんか。神様は、私たちの世界を御言葉を持って創造されました。私たちの世界は神様の御言葉で造られているのです。その神様の御言葉を知ることは、私たちの世界を知り、私たちの命を知ることではないですか。神様は、イエス様を通して私たちを救うために神様の御言葉を与えてくださいました。私たちは自分たちの命が救われるために、神様の御言葉を求めているのです。安息日は、喜びの日です。神様に祝福された日です。安息日を心に留め、聖別することは、私たちの喜びのためであり、私たちの命に必要な日です。
2)安息日にしてはならないこと
安息日にしてはならないことは、仕事をすることです。仕事は6日間にすればよいからです。安息日と6日間は連続しています。安息日だけが大切なのでもありません。6日間の仕事があるから、安息日は聖なる日です。安息日に心を留めて、聖別しなさい。安息日は私たちのために与えられています。