2016年6月26日 朝礼拝『急いで来てください』 大賀牧師

使徒9:36-43
1)ミステリアスハンド 

 先週聖歌隊立証をしてくださいました。同志社英学校を設立した新島襄先生が第1回卒業生たちに送った祈りの中に「行け、平和のうちに強くあれ、ミステリアスハンドがあなたたちを導かれる」として15名の卒業生を送り出しました。又立証された兄弟がこどもの時近くの公園で賛美歌を歌っていた伝道隊が後に榎本保郎先生であることを知り、ご自分も新島を導いたミステリアスハンドに導かれていたことを証ししてくださいました。

 

2)ヤッファのタビタ 

 港町ヤッファの町のタビタは、イエス様を信じる暖かい女性リーダーでした。その頃教会には大勢のやもめたちがいらっしゃいました。度重なる戦争などで夫を失った女性たちとこどもたちが生き延びて行くために、教会が支えていたのです。タビタが人々のために一緒に数々の上着、下着を作って提供してくれたとしています。ただものを与えてくれただけではなく、そのために苦労してくれた姿がうかがえるのです。しかしその慈愛の深く信仰の厚いタビタでさえも病気に罹り、死の時を迎えます。

 

3)ペトロを迎える 

 ヤッファの町から南東に10数キロ、リダと言う町があります。ちょうどそこにペトロが滞在していることが分かり、ヤッファの教会の兄弟姉妹たちは、タビタの葬儀のため、あるいは何かの期待をもってペトロを呼ぶことにします。「急いで来てください」との言葉の中に、まだ何か神様のミステリアスハンドへの期待が残されています。ペトロは特別だというのでなく、ペトロはただ神様に祈った、それだけです。ただ神様がもう一度タビタをヤッファの教会の人々に戻してくださったのです。この驚きはヤッファの町の人々に大きな驚きと共に神様を信じる道を大きく開いてくれました。実はペトロ、ヤッファに来る前のリダの町で8年間中風、脳血管障害による麻痺で寝たきりだったアイネアさんを癒して、床を上げるということがありました。勿論リダの町でも人々は大変な驚きでした。そして人々は主に立ち帰った、と記されています。人々は神様の元に立ち帰ったのです。アイネアさんの周りの人々も8年間何もしなかったわけではない。一生懸命神様を信じて祈っていたでしょう。しかし何も変わらなかったし、何も起こらなかったのです。ヤッファの町のタビタさんがいなくなってしまったのです。しかしここに突如神様の御手が示されたのです。それは人間によるとは考えられないのです。正に神様のミステリアスハンド以外に説明のつかない出来事です。人々は驚くと共に、深い安心をもって、やはり神様は私たちをお見捨てにならないと、神様に立ち帰って行ったのです。

 

4)起きなさい 

 もちろん疑問がなくなったわけではありません。タビタはどうして生き返ったのか。8年間も神様はアイネアをどうして放っておいて、今日癒されたのか。タビタさんも、病と闘うアイネアさんと世話をし祈り続けている周りの人々も、新島にも、ペトロにも、実はミステリアスハンドは常日頃見えている訳でも感じている訳でもない。実に毎日只々一生懸命なだけです。どんなに私たちが一生懸命努力しても、神様の御手にはかなわない。人々を神様へと立ち帰らせるのは神様の御手なのです。人間のなすことが人間を驚かすことが出来ても、不安や疑問や争いを与えるだけです。神様のミステリアスハンドは、同じように大きな驚きを与えるだけでなく、感謝と喜びをそして神様に立ち帰る思いをもたらせてくれるのです。もちろん人間は何もしなくていいなどと言う事はありません。それでも神様の御手こそが人々に驚きと共に感謝と喜び、癒しと命を与えるのです。